日本人は冷たい?よそよそしい?
私は縁あって、韓国語の勉強をしています。
そこで、興味深い内容があったので、紹介したいと思います。
『韓国語学習ジャーナルhana Vol. 01』にて、福島県で地域の再生のために、韓国と日本の交流事業を推進しているNPO法人ふくかんねっとの理事長チョン・ヒョンシルさんのインタビューがあります。
私たちは冷たい?
紙面の中で、でチョン・ヒョンシルさんは日本人の性格をこのように表現しています。(※内容の理解に支障がでない範囲で省略しています)
日本人は実際、友達との関係も、近しい仲でも距離感を置いて、それが礼儀だと考える。いくら親しくても、いつも距離を縮められない。
それは韓国人の側から見るとよそよそしく、冷たく感じることがある。
この文章を読んでなるほど、と思いました。
私は時々、人との距離感がわからなくなります。今だに親しくしている友人は皆、とても大切な存在だし、家族のように自分をさらけ出したいし、知ってもらいたいと思う。たいていのことは話せるし、何をされてもたいていのことは許せる。
ただ、友人が皆、私と同じように思っていないことは何となく予想できる。それは好きとか嫌いという類ではなくて、”ある程度の距離感”を取られているということだ。ただそれは、ごく自然なことなんじゃないかと思えた。
日本人は他人に合わせなくてはならないし、自分の感情(喜怒哀楽)を正確にダイレクトにする教育を受けていない。自分自身の話をしたり、自己アピールすることに慣れていない。
韓国人はまったく初めて会った人同士でも、会うやいなやどこに住んでるのかに始まって、何歳か、結婚してるのか、その人についてあらゆる情報を全部聞き出す。5〜10分も会ってないのに、大体1年は会っているように、およそ10年前から知り合いのように、それが韓国語の非常に良いところであり、ちょっと行き過ぎな部分でもある。
納得がいった。そういうことだったのか。
私が悩んでいたことの本質に国民性が関わってきていたのか。
私は韓国に3週間ほど留学していたことがある。今思えば、そこで出会った人たちとは、たった短い期間でかなり親しくなった。宿泊先のオーナーやお気に入りの洋服店のお姉さん、飲食店やマッサージ店で働いていた同い年くらいの女の子。確かに、”大体1年は会っているように、およそ10年前から知り合いのように”感じたものだ。
「もっともっと深く親しくなりたい」という想い
以前私は、こんな記事をこのブログに書きました。
そこで私は、友人への想いを書きました。
『もっと”今”や”未来”の話をみんなとしたい。私、みんなに何言われても気にしたりしないよ。もっともっと深く付き合っていきたい、そう思っています。なんか言ってきてよ!その方がなんか嬉しいよ!と…』
友人たちとの当たり障りのない会話、お互いがお互いを気遣い、誰も傷つかないように、空気を読み合うことに少し寂しさを感じていた私。相手の気持ちを考えすぎて、聞けないことが増えてしまったりする。一緒にいる時間は多くても、なんだかイマイチ相手のことを知らない。
本当は聞きたい言いたい、あんなことやこんなこと。「彼氏とどう?」(相手から言わないならうまくいってないのかな?聞いていいかな…)「浮気する彼氏なんて最低!!」(あ、でもあの子は浮気してるって言ってた。嫌な思いするかな…)などなど…
もちろん気遣いは大切だけど、こんなこと考えてたら何も言えない。もっと深く人と付き合うにはどうしたらいいのか…思いがけないところで、悩みの根源が見えてきました。
自分のことを話しまくってみよう!
日本人は決して冷たくない。本質はあたたかく、親切だ。ただ周りの人のことを考えすぎてしまうところがある。それに少し恥ずかしがり屋かもしれない。他人行儀になってしまうのは、そのせいかもしれない。
「ずうずうしいって思われるかな」
「馴れ馴れしいって思われるかな」
意外とそんなこと考えてる自分がいるんだなーと少しおかしかった。ただ自分の性格を無神経で楽観的だと思ってたけど、意外と気にしいなんじゃないか?とさえ思える。
もっと自分から、自分のことを話しまくってみよう!最初は恥ずかしいかもしれないけど、もっともっと表現してみよう!!!!
まとめ
自分から何かを発信したい。
それがブログを始めて、今でも書き続けている理由なのかもしれない。
友人に対しても、家族や恋人、仕事関係の人、そしてこのブログをどこかで見てくれている方々にも、自分のことをもっともっと話しまくってみよう!
まとまりのない文章になってしまいました。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
※参考とさせていただいた書籍